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『テス』のプレミア後のパーティで。左端はロミー・シュナイダー。
ロミーにほめられたのか嬉しそうなナスターシャ。

 人を観察し、農家の仕事を手伝い、乳牛の扱い方まで覚えてしまう、といった具合。ひたむきに、入念に、まるで入信式に望むように準備を重ねたナスターシャ。
 彼女は『テス』に、自らの自立の精神と、家族への愛情を重ね合わせたのです。
 「テスは自分自身に正直だった。だからこそピュアだったんです。私もそうありたい──」
 ポランスキーはこう言います。
 「『テス』でのナスターシャ・キンスキーは、私が思っていた以上の素晴らしさを発揮してくれた。彼女があまりに真剣に、痛々しいほど役に打ち込んでいるのを見ると、ときとして僕の方が心疼いたくらいだ」
 公開された『テス』は久々の本格的文芸大作として公表を博し、ポランスキーの底力も再評価されました。しかし、何よりも人々を魅きつけたのは、テスを演ずるナスターシャ・キンスキーの類いまれなる美しさと激しさだったのです。

ポランスキーへのひたむきな敬意

 ロマン・ポランスキーがナスターシャを見い出し、育てたのは事実です。ナスターシャは彼への賛嘆の念を隠そうとはしませんし、ポランスキーも彼女については微妙な発言をするので、『テス』以来、ふたりの間柄はゴシップ雀たちのかっこうの餌でした。
 本当のところ、ロマンスはあったのでしょうか。
 ナスターシャは、とても尊敬しているし、大好きだけれど恋人であったことはない、とロマンス説を否定。
 ところがポランスキーは、恋人同士であったのを認めるような発言を何度かしています。
 いずれにしろ今確かなのは、ふたりはとてもいい師弟であり、友だちであり、仲間だということです。
 彼が再びハリウッドに戻ってくると思うかとの問いに“わかりません”と言葉少なに答えるナスターシャ。
 「真偽はともかく、アメリカの人たちはもう彼を許していると思います。ただ、彼の方がアメリカ人を許していないんです」
 と、きっぱり言いきる、この言葉の奥に、誰が何を言おうと、状況がどうあろうと、自分のポランスキーへの敬意と信頼は変わらない、といったリンとしたものが感じられます。
 また彼の映画に出たいと願っているナスターシャですが、ふとこんな言葉を洩らしたりするのです。
 「でも彼、同じ役者は二度と使わない人だから……」
 ポランスキーへの想いも含めて、こと恋愛面でのプライバシーにはかたく口を閉ざす彼女。
 「愛してる男性はいますけれど、どういうひとなのかは言いたくない」

T前世ではきっと海の生き物よU

page70.jpg  ナスターシャ・キンスキーは今、フランシス・コッポラ監督の新作『ワン・フロム・ザ・ハート』の出演が終わったばかり。『テス』以降は、この作品のためもあって、ずっとアメリカに滞在。
 「ハリウッドって、何かこう神秘的なところだと思っていたんですけど、来てみたら、とても暗い……どう言ったらいいのか、魔法がとけてしまったみたいな感じ。もちろん興味は引かれる、でも全然健康的な街じゃないんです」
 この希望なき街ハリウッドに、ちょうどこのころ、ナスターシャの父、クラウス・キンスキーもウォルター・マッソーと共演する映画撮影のため来ていたのです。
 しかし、この父娘は互いに訪ねあうこともありませんでした。とっくの昔に親子の縁は切れているようです。
 暗くて不健康なこの街も、雨が降ると、ナスターシャにとっては好ましいものになります。
 彼女は雨と海が大好きなのです。
 「疲れ果てたときは、海を見に行くんです。するととても元気になる。私、前世ではきっと水のなかの生き物だったに違いないって思うの。霊魂再生説ってあるでしょ、私、あれ信じてるんです……」
 巨匠たちは一様に、何かユニークな資質を彼女のなかに見つけるようです。フランシス・コッポラもまた『テス』を見て、新作の主演女優にナスターシャを選びました。コッポラにとっても初めてのミュージカル映画、周囲の期待も大きく、近々の公開が待たれます。
 ナスターシャがこの映画で演じるのはサーカスの少女。歌は歌わないけれど、ダンンスシーンはたっぷりとか。
 「私と同じくらいの年の子の初恋物語。相手役はフレデリック・フォレスト。とにかく何でもかんでもやってしまう女の子なんです。T今、いっしょに月まで飛んでくれUって言われたら、すぐその気になってしまうような、ね……子供みたいに一途で、それでいてなの──」
 子供と女がふたつながら同居する娘、今20歳のナスターシャがまさにこれなのです。
 チャップリンのような俳優になりたい、聞きようによっては傲慢ともとれる言い方をすると思いきや、子供を持ったら女優はやめるの、とあっさり言ってのけたりする、これが若さなのでしょうか。
 いい俳優になりたいと望みながらも、絵も描きたい、旅もしたい、ダンスもしたい、友だちにも会いたい、家族の面倒もみたい、もちろん結婚もしたいし、子供も生みたい……、要するに彼女は、生きることを生きたくてしかたがないのです。
 「チャーリー・チャップリンの女性版が夢なのって言うと、あそこまで私にできっこないんじゃないかといぶかる人が多い。だけどなぜ、私じゃダメなのかしら? 私だってまだまだ変わっていく可能性があるんですもの。やってできないことはないと思う。私のなかには5人くらいの違う自分がいるんです。そのどれもが私なの」
 彼女の言う通りかもしれません。少なくとも私たちは今、ふたりのナスターシャは見ることができるのですから。まだ子供っぽさの残る、大人になりかけの無邪気な少女、もうひとりはハッとするほど醒めた部分のあるおちついた女──。
 20歳という若さが、ナスターシャ・キンスキーの武器であると同時に、過信に陥るわなともなりうるでしょう。
 映画界に咲いた久々の大輪だけに、美しくあでやかに咲き続けてほしいものです。

この記事はRIKOさんに提供していただきました。感謝!
(全3ページの記事で最初のページがなかったそうです…)