(場所は六本木のレストラン。ナスターシャといっしょに来日した『テス』の製作者クロード・ベリの夫人、アンヌ・クロード・ベリも同席して対談は始まった)
小森 最初に『テス』についてお話をしましょうね。おばちゃま、日本のファンはこの映画をとっても楽しみにしていると思うの。もちろん、原作は有名な小説で、作者のトーマス・ハーディが英国の偉大な小説家だってことは皆知ってると思うけど、それほど日本じゃ有名な小説っていうわけじゃなかったから、かえって映画には一段と興味がわくってところだと思うのよ。
ナスターシャ でもご存じかしら。この小説イギリスでだって大変だったの。ハーディがこれを書いてから20年間も、誰も認めてくれなかったのよ。20年もよ。今日もしも誰かが小説を書いて、誰も認めてくれなかったとしたら、作家はどうなるかしら? 大変なことだったと思うの。
小森 そんなエピソードがあったの。ところでこの映画は断りつきで「ポランスキーのテス」って題になってるそうだけど……。
ナスターシャ その通りです。
小森 つまり、彼のすばらしい想像力をもって原作の「テス」を彼なりに解釈したものっていうことなのね。
ナスターシャ そうです。それに何ていうか、彼の個人的(パーソナル)な感情が入ってると思います。
小森 ところで、おばちゃまが特に興味をもってうかがいたいのは、ナスターシャ・キンスキーさんご自身は、現代に生きているお嬢さんで、しかも物質的に恵まれて育ったんでしょう。でもテスは貧しい家に生まれて、彼女が誘惑された初めての男性と結ばれれば、豊かなくらしができたのに、テスは心の純潔の方を選んだのね。ここで皆、その生き方にショックを受けると思うの。だって現代の女の子たちってイージーなのが好きだし、貧しいのよりも裕福なのを選ぶみたいだから……。
ナスターシャ ええ。私が考えているのは、どうしてテスが放蕩青年アレックの所へ行ってしまったかというと、家族や小さい弟妹がいたせいだったと思うわ。もしも彼らがいなかったら、彼女は決してあんなことしなかったと思うの。
小森 一般にはまだ公開されていないけど、試写を見た人たちはほとんど、彼女自身が自分の人生を強く生きてゆこうとする姿勢に強い感動を受けたようです。あんまり、彼女のような女性は、現代じゃ見かけなくなったからなおさらだと思うの。
ナスターシャ ええ。私、彼女は人間(ヒューマン)であり、女性だったと思います。今は人間(ヒューマン)が人間(ヒューマン)じゃない時代みたい。
小森 じゃ、あなたがこの台本を受け取ったとき、すぐテスの生き方に共感、もしくは魅力を感じられたのね。
ナスターシャ はい。でも私、先に小説の方を読んだんです。それで全くすばらしいと思ったわ。それから台本をもらったの。物語の土台は同じだけど、内容は少し違ってました。
小森 それで、さっきのお話ですけど、ナスターシャちゃんは裕福なお育ちだったんでしょう?
ナスターシャ うーん。ちょっと違うの。お金持ちと貧乏といつもいっしょっていうくらしだったの。
小森 (驚いて)どういうこと、それは……。
ナスターシャ 例えばね。あるとき両親は大きな庭つきの家に住んでいたかと思うと、その次の週にはサンドイッチをみんなでカジリあっているっていうような……(笑)。
小森 まあ変化の連続(笑)。
ナスターシャ でもこのことはよかったと思ってるの。生きるってことに真剣になれるし、物を大切にし、感謝するってことを学んだと思っています。
小森 そうですとも。
ナスターシャ 幸せなことだったと思っています。
小森 お父さまよりお母さまのほうから、たくさんの影響を受けたと聞きましたが……。
ナスターシャ はい。そうです。
小森 お母さまも女優さんでいらしたの?
ナスターシャ その希望はあったらしいけど、女優よりも自由である個人であることを選んだようです。
小森 そう。それでナスターシャ、あなたは?
ナスターシャ (うっとりした感じで、ベリに向かって)小森さんが私の名前を呼んでくださるとき、何て素敵にいってくださるんでしょう。嬉しいわ。
ベリ 小森さん、お聞きになった?
小森 あら、ありがとう。だって、そりゃ、ビューティフルなお名前なんですもの。
ベリ 小森さんの発音の仕方ですわ。
ナスターシャ とても自然なの。本当の私の名前で呼んでくださるんですもの。ナスターシィアって。
ベリ フランス語ではちょっと語尾が強くなって……。
ナスターシャ ナスタージアっていうの。イタリア後では、ナスタアージなんて。ロシア語の名前だから、なかなかうまく発音されなくて……。
小森 とっても美しいお名前ね。
ナスターシャ 父がドストエフスキーの小説から、名前をとったらしいんです。
小森 そうなの。
ベリ 父親が彼女にそのように生きてもらいたいと思ったんですね。
小森 ロマンティックね。
ナスターシャ 父はロシア人ですから。(注・父は個性的な容貌の性格俳優クラウス・キンスキー)
小森 なるほどね。
ナスターシャ 私、キンスキーっていうのは本名じゃないんです。本名はマキシンスキー。でも長ったらしくて芸名に向かないから、短くキンスキーにしたんです。
小森 そうでしたの。それでもう一度『テス』の話にもどりますけど、あなたはまったく、その考え方から身のこなし、何から何までテスになり切っていたように見えましたよ。
ナスターシャ ええ、そうでした。私、これは役者が当然しなければならぬ義務だと思ってます。
小森 でも大変だったでしょ?
ナスターシャ いいえ。それほどでもなかった。何ていうのかしら。すっかり自分のプライベートなことから離れてしまっていたから、それほど難しくもなかったわ。夢中だったのかしら。
小森 ナスターシャ、あなた自身は、テスのようにあれほど愛に一途になれますか?
ナスターシャ そうありたいと望んでます。できるかどうかはわからないけれど、あれほどになれたら、しあわせだと思います。
小森 今までにそんな愛はみつけたことはないでしょうね。まだ若いものね。
ナスターシャ あんなに一途なのはまだありません。だって、そうでしょ。もしもあったとしたら、お仕事なんてとってもしてられないわ。
小森 (笑って)そう、そのとおりよね。
ナスターシャ ああ、でもそのときにいったいどうなるかわからないわ。なんとも保証できないわ。自分でも、まだ想像もつかないの。