PART 3 (pp.114 - 118)

      ENGLISH | JAPANESE | PORTUGUESE

ナスターシャの父はドイツの俳優クラウス・キンスキー(56歳)で、ヴェルナー・ヘルツォークによる2つの主演作で最も良く知られている。『アギーレ・神の怒り』で彼は、孤独でありつつも自らを神と確信し、南米のジャングルへと向かう狂人を演じた。『ノスフェラトゥ』では、人の生き血を吸う怪物を演じている。キンスキーは映画史に残る偉大な怪人の一人であり、彼のその才能は悪魔に取り憑かれでもしないと難しいような演技力だと評価されている。クラウスがナスターシャの母、ルース・ブリジット(42歳)に出会ったのは、彼女が17歳のときだった。彼女はベルリンの店でグローブを売っていた。彼はウィンドウごしに彼女を見つけ、店の中へと入り、グローブに興味があるような振りをし、その日のうちに彼女を家に連れて帰ってしまった。2人はブリジットの母親に電報を1通うった後、どこかへ映画撮影へと旅立った。ナスターシャが生まれたのは1961年の1月24日、ちょうどブリジットが20歳を過ぎた直後である。キンスキーの結婚生活はおよそ8年間と半年というものだった。

ブリジットは最近の数週間をナスターシャと一緒に、ロサンゼルスのシャングリラで過ごしている。太平洋から続く通り沿いにあるサンタモニカの、新装されたアールデコ・スタイルのホテルだ。私はここでブリジットに会い、ビーチそばのベンチに座って話した。彼女はナスターシャと比べるとかなり小柄で、背が小さく、華奢である。彼女の格好は極端なまでに黒で統一されていた。黒のバーミューダ、黒のストッキング、黒のフラット・シューズ、黒のノースリーブ、そして黒のアーディオン・プリーツ・ジャケット。彼女の目はブルーで、ノーメイク、だがその肌はナスターシャのそれと同じ乳白色だ。ブリジットはいま1冊の詩集と、自叙伝を書いているという。彼女はまだ本を出版したことがない。彼女は言う、「本当にアーティストになれるチャンスがなかったの、なぜなら私には子供がいたし、他にもっと優先しなければいけないことがあったから」。

「キンスキーと私は実際にカフカの小説から飛び出してきたような世界に住んでいた。毎晩、毎日、家の中でステージが繰り広げられるの。彼が演技をして、私がそれに反応するっていう。ときどき、ひどいことになったわ。地獄にいるのか天国にいるのかわからないという感じよ。彼は100%、悪魔だった。「リチャード3世」を10倍悪人にしたか、「ジキル博士とハイド氏」かというぐらい。彼は極端に嫉妬深かった。彼以外の人間は誰一人として私やナスターシャの名前を口にする権利はなかったのよ。彼は毎年1人、子供を作ろうと私に言ってきた。それは不可能だったわ。本当に独占欲の塊で、私がナスターシャに母乳をあげているようなときでも彼は嫉妬していたの。それはまるで、彼が聖母と子供という私たちの中だけの宗教を作ってるみたいだった。「ロミオをジュリエット」に彼らの子供を登場させて10倍濃くしたみたいなね。ある意味美しいかもしれないけど、地獄のようでもあった。そうして私たちはかなり強烈な8年と半年を過ごしたの。1日が何か月のような長さに感じたものよ。私たちの関係は異常だったけど、でも常に私たちなりの直感でナスターシャには正しいことをしてあげようと努めていた。私たちは彼女に自由を与えたの。ナスターシャは極端に空想好きで、いつも独りで遊ぶような子だった。ちっちゃなことから一つの世界を作り上げてしまうの。抱きしめる必要があるときや遊んであげなきゃいけないなと思ったときは、優しく、そばにいるように努めたけど、私はあの子に何も強制はしなかった。私たちの関係はあの子を傷つけはしなかった。両親が愛し合ってることを子供が理解しているなら、その子供が悩むことはないわ。私たちは愛し合っていたの。だからあの子はいつも元気なの。父親のことも怖がることなんてなかった。離婚してからは、子供には私が動揺していることを悟られないようにしていたけど。特に子供が不安がっているときはね。そんな権利は私にないと思ったの。とにかく、そうしようと思った」。

「私はいつもナスターシャはきっと芸術家になるだろうと強く感じていたの。あの子が何をやっていても、3歳の時、それまで聴いたことがなかったようなクラシックの音楽に合わせて踊ったり、ポーズをとったり、あるいは絵を描いたりしてる時にもそう感じたわ。4歳のときなんか、まるで古い画家がやるような感じで色を混ぜ合わせたのよ。あの子は真っ青や真っ赤や真っ黄色は絶対に使わなくって、いつも古めかしい色──赤茶やらイングリッシュ・ブルー──を使って、古い画家が醸し出すような調和を描いていた。長い首に、すごく細いウエストで首から胸にかけて2つのボールをかけたお姫さまをいつも描いていたわね。2歳になったとき、父親があの子を映画に出すことになる気がしていた。2歳という年齢は、顔に繊細さと痛みに対する姿勢というものが表れてくるし、既に女性としての美しさが表れてくるものなの、2歳の子供によ。その痛みというのは人間が感じるようなものじゃなくて、薔薇が感じるような、花が感じているような痛みなの。でも私はいつもそこからあの子を遠ざけようとしていたので、その早すぎる映画出演の話は実現しなかった。あの子をそこへ押しやるのはあらゆる意味で私たちのためにはならなかったのよ。クラウスと私はそのことについて絶対話さなかった。暗黙の了解だったの。私たちは絶対に「あの子を見て! 映画に出たら最高だよ」なんて口にしなかった。クラウスは演技についてあの子と話すことはなかったわ。映画好きな子供じゃなかったしね。私は運命があの子をどこかへ連れていってしまう前に、普通の人生を送らせてあげたかったの」

「あの子は鳥のようだった。いつでもね。流れ者という感じかも。いつも忙しくしている子供だったの。毎朝すごく早く起きてこう言うのよ、『やることがたくさんあるわ』ってね。遊び、歌い、絵を描いてた。この子は何という美しいヴァイブと愛を私に与えてくれるのだろうと思った、まるで美しい砂漠のようなの。あの子はいつもイマジネーションを働かせてた。すごく無邪気でありながら機知に富んでいて、私の心の中にだけあの子が住んでいたころというのは遠い遠い昔のことのようになってしまったわ。わからないけど。あの性格の極端さは強烈ね。私にとって直感というものは常に大きな要素ではあったけど、私自身に知性というものが備わってきたのはだいぶ遅かった、でもそれが逆にナスターシャにとって良かったのよ。私は体制において、誰かに自分のこの考えを押しつけようとしたことは絶対なかった。そんなことに興味はなかったの。自分の子供と一緒に、幻想の世界に住んでいたということでもある。私はとても若かったし、成長して自分のアイデンティティを発見するための人生の秘訣を見い出す必要があったの」

「15歳であの子が学校を辞めることを決めた時、それは悲惨な体験だったわ。私はミュンヘンの教育委員会の一番偉い人のところへ行って、ナスターシャを学校に引き止めてくれるように懇願した。ときどき、あの子はちゃんと学校に行ってるように言っておきながら、サボっていたの。14歳から18歳まで、ナスターシャは私にとても厳しい歳月をもたらした。メロドラマの主人公みたいにふさぎこんで、いつも泣かされたわ。私には理解できなかった。完全に罪の意識がないの。私はいまだに、あの子の私への反抗が自然なものだったとは思えない。あの子が前に「自分にはこういうときアウトサイダーになろうとしてしまう、自分の中に閉じこもってしまう悪い癖がある」と言っていたことがあるわ。私は決して、こういうパンツは履くなだとか、お化粧をするなだとか、10時に家に帰れだとか、そういう高圧的な態度をあの子にしたことはないのよ。あの子を常に守りたいと思っていたけど、過剰な愛情を注いだつもりはないの。誰だって自分の子供を見るとき、その目はロウソクの火のように幸福で、表情は笑顔以外にあり得なくて、全身がそわそわするものよ。そうじゃないと言える? だったらどうして私が悩んでいたのか、それは聞かないでね。危険なことなの。ミュンヘンでのすべてのことは、あの子の魅力、あの子の気持ちと密接な関係にあった。一日中「ナスターシャはどこ?」と聞かれるのよ。男の子だろうが女の子だろうが、関係なかった。みんなあの子から何かを奪おうとしていたのよ。カルマとでもいうのか、決して口にされることのない秘密の特権をあの子はいつも持っていて、それがあの子の周りの人間に刺激を与えていた。大きなバイクで男の子たちが来たときは、もうおかしくなりそうだった。事故やドラッグ、あらゆることが心配で仕方がなかったわ。でもあの子は愛というものに守られていたのね。何か食べてて、満腹になったってフツー何も言わないでしょ? あの子は愛に餓えてはいなかった。あの子のなかに真空な場所はなかったのよ。あの子はおてんばでもあったし、スポーツだってした。男の子たちにも大人の男たちにも辛い思いをさせたけど、媚を売ったり、もてあそぶことはなかった。あの子は短い恋に落ち、すぐに忘れてしまうの。でも決して不愉快なやり方ではなく、まるで雲のように、あの子はただ流れていくだけなのよ。いまだにそういう感じね」

「この国でのロマン・ポランスキーは少女と関係を持ったせいで悪いイメージを持たれてる。彼は相手の女の子がセックスを受け入れようとしていなければ絶対に強制はしない人よ。ポランスキーってすごくスウィートだし、チャーミングだし、インテリな人なの。だから女の子たちは彼を好きになるのね。彼はおそらく危険な人物でもある。でも女の子たちはメロメロになってしまう。彼はナスターシャをとても気に入っていた。そしてあのころ彼は、あの子が父親から授かるべきであった全ての強さと姿勢というものをあの子に与えてくれたの。あの子に男たちの関係をもつように仕向けたなんてことは、私は絶対にしてないわ。自分の子供が幸せなときっていうのは、いい人とうまくいっているときだと思う。そして誰もがあの子とそれまでとは違う経験をする。誰があの子にとっていい人かなんて私が口出しすることではないわ」

「私はあの子が小さい頃から、絶対に自分の子を監視するような真似はしなかったのよ。あの子が出演作を選ぶときに助言したりはするけれどね。最初から私はあの子に映画でヌードにはならないで、と言っていた。あの子が『今のままでいて』に出るためにイタリアへ飛んだとき、あの子があまりにも勝手なものだから空港でひと悶着あったの。あの子がなぜヌードシーンをやることになったのかわからないわ、脚本にはそんなこと全然書いてなかったし。この子はヌードシーンもできます、なんて言ったり契約書にサインした覚えなんて全然ないんだから。私はこう言った、「もう二度とあんなことはしちゃだめよ、いいわね、ナスターシャ?」ってね。あの子は「わかったわ」と答えた。なのに『キャット・ピープル』でまたあの有り様よ。気が狂いそうになった。途方に暮れちゃったわよ。あの子は気が強くて頭がいいのに、簡単に人に操られてしまうことがあるの。こう言ってあげたわ、「あなたはその顔だけで魔法を起こせるし十分エロティックなんだから、わざわざ肌を曝け出す必要はないでしょ。綺麗なカラダをした女の子はゴマンといるけど、あなたはその顔があるし、表現豊かな暗い魔法を備えているんだから」とね。ああ、なんてバカな子なの。もしあの子がそんな魔法と気品を備えていなければ、とっくに業界から消えていたはずでしょ」

「あの子はいまとても落ち着いていられないという状態ね。自分のポジションというものを見つけなきゃと必死なの。たくさんのイメージの中から自分の個性を見つけだそうとしてる。作品毎に個性を変えていくというのは大変な作業よ、成熟した大人ならともかく、あの子みたいな若者であれば尚更大変。あの子はいまジプシーみたいな生活をしてる。ときどき私に言ってくるの、「きっと私って早死にする運命なんじゃないかしら、だからこんなにも生き急いで、人生で最も美しいものを見つけるのに必死なんだわ」って。そう言われたときはナイフで切りつけられたような気分になってね、こう答えるしかなかった、『やめて、そんなことを言うのは』って」

第4回に続く

Original English version : NASTASSIA KINSKI : WILD CHILD

BACK TO MENU