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ナスターシャとその母親はお互いの気持ちを言葉に表せないほどに親密だ。ナスターシャは語る。「母と私はホント不思議なくらい親密な関係なの。他の誰ともこのような関係は築けないでしょうね。恐いくらいよ。男の人と関係を持ってるときでさえ、私はそれと母との関係と比べてしまう。ママは友人であると同時に母親であり、母親というものに必要な全てを備えている人よ。ママはとても慎重派で、思いやりがあって、欲張りでなく、与えるのを喜びとする人なの。私が自分自身はもちろん、他の誰にも頼ることができなくなると、ママはまるで太陽みたいに私の前に現れるのよ。ママは人生を私のために捧げてくれた。ときどき、ママは私に人生を捧げてくれたのだから、いまはママをどこかに連れていってあげるのがきっと私の使命なんだ、って考えるの。でもママが知らないことなんてあるのかしら? ママは私が知りもしないことを知ってる。私がそんなの当然だと思うようなことも、ママにとってはとても新鮮なことだったりする。ママはときどき私を叩き起こしてこう言うのよ、『見てみたくない?』ってね。そうして私に自分が見たり感じたりしたことを同じように味わわせるっていう。誰でもない、父でもないし、他の誰でもなく、私にそうさせるの。映画を除いてね」
「私が小さい頃、ママは私が平穏を必要とするタイミングというものを本能的にわかっていたの。いつでも私のしたいようにさせてくれた。時々ママは(母親として)そんな自分が甘すぎると考えていたようだけど。ママは私が勝手気ままにやれるのがフツーだと思ってる、と言った。でも私はそうは思ってないわ。ママは私に自由を与えてくれた。それは、子供の思うようにやらせつつ、そばにいてやらなきゃいけないタイミングはいつも心得ている、といった種類のものよ。どんなときでも見守ってくれていたの。まさにライオンの母親のような感じよ。どんな些細なことでも私のために闘ってくれる人なのよ。ママは決して私に綱渡りをさせるようなことはしないっていうのに、さらに一瞬一瞬、それこそ毎秒毎秒、私を見守ってくれていて、もし私の前に敵が現れたりしたら、ママはクレイジーになってしまうわ。ママだって正しいことも間違ったこともするけれど、一番大事なのは他の誰でもない、自分の子供を守ることだとわかってるのよ。この世の中ってジャングルのようなものだから」
「ママは絶対に『まだ子供なんだから』とか『もう大人なんだから』みたいなことは言わなかったわ。私は13歳から14歳にかけて最初の恋に落ちた。相手の彼は一つか二つ年上で、私に思いきって声をかけてくれるまで1年間もストリートで友達と遊んでる私やカフェにいる私を見つめ続けていたという一途な人だったの。最高にロマンティックな話でしょ。私にとってはじめての真剣な恋愛体験だったのね。ママは私が14歳にしてそういう関係をもったという事実に意見しなかった。できなかったのよ。ママは私たち2人だけの世界に取り残されていた。その世界を打ち壊そうとすることさえしなかったの。私と母は互いに愛しあっていて、二人とも子供で、ママはそれに抵抗できなかった。自分でも理解していたみたい。世の中の大半の人はそうじゃないでしょ。フツーの人は自分の子供にはいつも自分の子供であってほしいと思うはずだわ。その点では私はママにとても感謝している。初恋っていうのはうまくいかないものよ。世間の親たちは恋愛が汚らわしいものだというようなイメージを子供に植えつけてるわ。そういうのが子供たちを無気力にさせるし、子供たちのとても小さな、尊い感情をダメにしてしまう。ロマン・ポランスキーも同じだったわ。ママと私は絶対に年齢について話したことはないの。ママは私が他の誰よりロマンのことを一人の人間として強く思っているか知っていたから。彼はどんなときにも私に注意を払ってくれて、『この話をするには君は若すぎるから』とか『君はまだ子供だからこれはわからないだろ』なんて言わなかった。彼は誰とでも一人の人間として話をするのよ。ママはいつもこう言ってた、『あなたが正しいことをしようが間違ったことをしようが、自分の運命に従うことが正しいはずよ。ひたすら耐えるのも正しいし、幸せになるのも正しい。感ずるままに生きてほしいの』とね」
「私が15歳になったときというのは非常に難しい時期だったわ。子供から脱皮して、より女性らしく独立したいと思うようになっていたし、自分のことは自分でやろうとしていた時期だったから。ママは理解してくれなかった。彼女はこう言ったわ、「ママはあなたに隠し事なんかしない、あなたは何でも望みどおりのことができるし、ただ私にそれを示せばいいだけなのよ」とね。私は友達がみんなそれぞれの家庭で家出とかノイローゼとかの問題を抱えているのを知っていたから、うちでもそういうことが起こっても不思議じゃないと思っていた。でも私たちの問題というのは決して学校やドラッグに関するものではなかったの。私たち2人が深く愛しあっていたがために、突然亀裂が生じたのよ。ママをあまりにも愛し過ぎていたせいで反抗してしまったのね。その愛情から逃げ出して、粗野で保護されていない生活を経験したかったの。私は家出して、ママを失意の谷底に落とした。ときどき私は友達の家に泊まっていたの。ホント居心地が良かった。居心地の悪さを求めていたのにね。この時期というのは私の人生で、私の一部としてずっと残っていくものだと思う。愛情を拒否し、良いことを拒否し、それらを打ち壊そうとするんだけど、完全になくなってしまう前にそれをまた取り戻そうとするっていう。『今のままでいて』に出演するためにイタリアへ行ってたとき、一人で行ってたからかなり長い期間ママと離れていたの。『テス』の後はフランスに住んで、最初は自分だけの家に一人暮らしをしていたし。でもその離ればなれの状態が解消したとたん、私たち二人にいままで以上の強い絆が生まれた。今日は一緒に過ごせて、話もできて本当に幸せ。男の人は私とママとの関係に嫉妬してしまうでしょうね。これって誰がそこにいて何が起ころうとしてるかわかってしまうぐらい、すごいことよ。仮にあなたが殺人犯だったとしても、それがわかってしまうようなね。あなたが犯罪を犯せば犯すほど、犯罪があなたを愛すようになる。うまく説明できないわ。これは彼女が私の母親で、私を生んだ人だから、という類いのものではないと思う。私はきっと幸運な人のなかでもホントに幸運な人なのよ。私がママを傷つければ私も傷付くけど、逆の場合は私が単に自分を傷付けて血を流すだけ。そして私はママにそれをプレゼントとしてママにあげたいの、ママは私がそれを捧げられる唯一の人だし、私が真に愛する唯一の人だから」
「父は私たち2人をとても愛していたけど、支配欲の塊のような人間だった。父は相手に自由にやらせるなんてことはしない人なの。人が考えたり感じたりしていることがあっても、父が別のことを考えていたら自分の考えしか認めないのよ。ママは働きたがっていた。周りの人たちはママを映画に出させようとしていたのだけど、父はただママに家にいて、母親をやり、妻をやり、父がどんな時でも着陸できるこの惑星の女神を務めてもらうことを望んだの。私たち3人はそんなふうに1つだった、それはそれで素晴らしいことだったわ。こんな連帯感って私も他にみたことがないけど、息苦しくもあった。行き過ぎていたのよ。「別れるか続けるか」なんていう選択の余地はなかったわ。2人は別れなきゃならなかった。私は8歳だったわ。何の驚きもなかったことを覚えてる。全て常に開けっぴろげだったから深く傷付くこともなかった。私はいつもそれを感じていたし、見ていたから。子供というのは、ときどき当事者以上に事情をよく理解するものなのよ。私は何が起こってしまったのかわかっていた。別れた後、ママはそれまでの人生ではじめて生きた心地というものを経験したの。ママはまだ小さな女の子みたいにとても若かった。ママはとても頭が良かったけど、まだ若くて、突然自由になった。そこらじゅうで遊び回れる自由を得たの。そしてママはそれを実行した。それはママにとっても私にとってもそれまでと違う、全く新しい人生の始まりだった」
「私が10歳か11歳のとき、ママはある画家/彫刻家と一緒に暮らしていたの。私たちは全くお金を持ってなかったわ。彼は親切な人で、何でもできる人だったのだけど、何にもしてくれなかった。家だって建てられるのに、半分建てたところでやめちゃうような人だったのよ。そのせいでママは持っていたもの全て、例えば宝石とかを売りに出すハメになり、大きなバンにかろうじて残ったカーペットとランプを放り込むということになった。窓を取っ払って、中に住めるようにしたの。 それはとても美しくて、子供が夢見る冒険のようだった。私はママの友達と絵を描きはじめたの。突然、色というものが私にとって多くの意味を持つようになったわ。鏡のような眼をした美しい女性の顔や、妖精の女の子、羽根で空を飛ぶ女の子、女王なんかを描いていたわね。女王が着るドレスの小さな華の模様を描くのに何時間も費やしたり。描くのは必ず女性で、男性だったことは一度もなかった。そんなこんなで4ヶ月ほど旅したわ。その後私たちは乗っていたバンを廃車にして、船で南米へ渡ったの。ヴェネズエラのカラカス市よ。私はローマ、ベルリン、カラカス、そしてまたドイツで学校に通った。そのときにたくさんの言語を学んだの。耳が良かったのね。ドイツ語、英語、フランス語、イタリア語はフツーに話せるわ。15歳になったとき、私は学校をやめることを決めた。学びたいことは既に学べていたし、学校は時間の無駄なような気がしていたの。知らなかったことも、まだ知らないこともたくさんあるんでしょうけど、ある程度までいくと別に知らなくてもいいようなことが多いでしょ。本能的にそう感じたのよ」
ナスターシャはクラウスについて話すのは気がすすまないと言う。2人がこの11年の間に会ったのは、1回か2回、食事を一緒にとっただけだ。彼女は言う。「父は自分の肌でものを感じたら考えるよりも先にもの凄く強烈にそれを表現してしまう人なの。すぐ熱くなるのよ。他人がやっていることに生まれつき影響されやすいんだわ。父の眼は空のように澄んでいるかと同時に、怒りに満ちた眼だった。とても綺麗で澄んだ蒼い眼なのに、警戒しているようなシリアスな感じになって、しまいには怒りに満ちた眼になるの。父はそういう人。輝きと純粋性に満ちているのに、そのうち怒りの権化になる。父は全てを与えるか、全く何も与えないかのどっちかだった。太陽みたいな人でもあったし、冷淡さの塊のようでもあったし、架空の人物みたいでもあったし、やっぱり太陽みたいだったし。それはそれで素晴らしいことだと思うわ。フツーの人々よりは、はるかにね」
「小さい頃は父がやっていることがまるでわからなかった。世の中のフツーの父親がやっていることを、私の父もしているんだろうなと思っていたわ。だから父が家に帰ってきて、その場の空気ががらっと変わると、私は母にこう言ったの、「お父さんは家の外で何をしているの? 帰ってくるなり、気が触れたようなんだもの」って。飼ってる犬でさえも、父の足音が聞こえると私の後ろに隠れようとするし。でも私は父を怖がってはいなかった。私をとても思いやってくれたし、お菓子や果物の詰まったバスケットを持ってきてくれたりもしたから。大好物だったの。父はとても優しかったのよ。ノミから眠る象までとにかくあらゆる種類の動物の真似をしたりして、私と母を笑わせてくれたわ。おかしくなるぐらいにね。あのときは父も母も私もみんな役者だった。幕もないし観客もいない無料の劇場ね。父は私にそれぞれの経験というのはそのときどきにしかできない、ということを教えてくれた。経験は棚にしまわずに、そのまま自分で持っていろということね。人生というものはいまがすべてなの。父は最高に優しくて、最高に楽しくて、美しくて、オープンな人だった。でも次の瞬間には野獣に変身し、足下にひざまずいて自分が野獣に変身したことへの許しを請い、本当に泣き出すの。父は自分のそういう部分を憎んでいたのよ。でもまた突然野獣が彼を支配する。父自身もあきれていたわ。父が狂気に侵されているときは、決して外に出そうとしてはいけないけど、罪を犯した後は、また本当に優しい、静かな、花のような人になるの――まるで何かを脱ぎ捨てたみたいにね。自分をクリーンな状態にしたい、何かに操られたくないときってあるでしょ。でも自分をクリーンな状態にするには、まず自分の個性がしっかりと確立されてなきゃいけない。父は自分にコルクの栓をして、自分を押さえつけようとしていたの」
「自分に何度も問いかけていたわ。『俺は何をしてる? まだ足りない、もっとやりたいんだ』というふうに。基本的にそういう感じね。父は本当に偉大な俳優だったから苛立を感じていたし、私が考えていたよりずっと、すばらしい人々と仕事したりその実力を示したりする機会に恵まれていなかったの。20年もの間、父はパガニーニの人生を綴ったストーリーを書いていたわ。いつもそれをやろうとしていた。でも本当の夢は、船を買って、誰も行ったことのない土地に行くことだったかな。それについて私にこう言ったことがあるわ、『いつか俺たちは自分たちの船で海に出て魚と遊んだりしながら世界中を廻り、誰も開拓したことのないところへ行くんだ』とね。父は船を描いた大きな白い巻物を持っていて、その前で1時間も、取り憑かれたように座っていたことがあるの」
「たぶん私は小さい頃に感じた何かを再現するために、父のような存在をいままでずっと探していたんだと思う。でもいまはそれと全く正反対なの。一人の男性に対してそうした接し方はできないわ。もっと若かったときは、年上の男性に惹かれていた。誰かが私の手を引いてくれて、その人がそれまでの人生で積み重ねてきた経験を私に教えてくれるということが好きだったの。私がいつも跳び回ったり興味を示したり驚いたりしてるものだから、彼らは私の調子に合わせてくれたわ。私の年齢でしか人に与えられないもの、それ以上のものを彼らに与えたいといつも思っていた。彼らが必要とするものを 私は持っていたし、私に必要なものを彼らが持っていたからよ。正当な取り引きだったと言えるわね。でもいま、私が求める取り引きというのは前と違ってきている。いままでの誰とも経験できなかったようなことを求めてるの。同時に、若い人たちというのは固定観念に縛られていないでしょ。そういう人たちはこれからの人生で起こりうる出来事に対して準備ができている。来た、と思ったらもう自分のものにしてしまうの。ある意味クールすぎるかもしれないけど、ハッキリしてていいなとも思うわ」
「私は父の出演した映画を全く見たことがないの。スクリーンに映った父でさえ、受け入れられるようになるまで長い時間を要したわ。でもいま父の映画が映画館でやっているなら、私は見に行くでしょうね。父は素晴らしい演技をしているでしょうから。目の前のものを一切合切ぶちこわしていくようなときの父はすごいの。でも父は自分と同じぐらいすごい役者か、もしくは完璧に冷静な役者と一緒に仕事をする必要があった。結局は父が望まない方へいろんな圧力がかかってしまっていたのだけど。ベルリンの劇場で父が観客たちを叩きのめしたことがあるの。そのときの父はまるで月からの使者のようだった。スクリーンに映る父を私自身と重ね合わせたときは気分が良いのだけど、それは私たちが非常に深い関係で結ばれていたからでしょうね。その気分の良さというのは、ほのかな香りの香水、もしくは父にも私にもコントロールできない感情に近いかもしれない。父とひとつの作品で一緒に演技したいわ。前はそんなこと絶対に考えもしなかったけどね。誰かが私がそう思うのを阻んでいたのよ。でもいまは私は父と演じ合いたい。きっと私のためになると思うから。病気の人に抗生物質を与えるようなものね。病気であると同時に治療でもあるの」
(第5回に続く)
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