パリ、ローマ、ベニス、ロンドン、そしてニューヨークを舞台に展開するモダンでファッショナブルなリナ・ウェルトミューラーの最新作『ムーンリットナイト』は、またしても愛についてのドラマだ。
孤島での北部のブルジョワ女と南部水夫のつかの間の愛を描いて女流監督ウェルトミューラーの名を世界的に有名にした『流されて…』(74)、アメリカの女流カメラマン(キャンディス・バーゲン)とイタリアの新聞記者(ジャンカルロ・ジャンニーニ)の結婚生活から生じる軋みを描いた『LA FINE DEL MONDO…』(77)、そして凄腕の女流実業家と誘拐グループの首領の愛のゲームを描いた『流されて2』(86)と、ギャップのある愛を描き続けるウェルトミューラー。その愛のギャップとは、階級差であったり、出身地域の相違──南部と北部──や国籍、思想の相違であったりした。
この『ムーンリットナイト』も、一言で言えばラブ・ストーリーである。だが、この作品でも愛に障害がつきまとう。その障害とは、二十一世紀を迎えようとする人類が直面した最大の脅威、エイズである。
主人公のジャーナリスト、ジョン・ノットは、エイズ感染者(キャリア)だと偽ってヨーロッパ各地での差別意識を精力的に取材している。レストラン等で彼は締め出され、ローマで出会ったキャロルという女も、ジョンがエイズ・キャリアだと告げると、冷たく彼を追い出した。
ある時、ジョンは、“月の美しい夜(ムーンリットナイト)”に一度だけ関係を持った女性が、エイズで死んだことを知る。そして、病院での検査の結果、自分が実際にエイズに冒されていることが判明する。彼にはジョエルという恋人がいた。そしてジョエルとの間には子供も…。
この難しいテーマに挑んだウェルトミューラーは、シナリオの執筆に二年半の年月を費やしたと言う。確かに、この映画のテーマは大変シリアスだが、ウェルトミューラーは、映画のラストで愛の力がエイズに打ち勝つことを暗示している。
困難なテーマにもかかわらずウェルトミューラーのもとには世界の五大スターが結集した。エイズ・キャリアであることを知って絶望したものの、エイズ撲滅の戦いを始めたジャーナリスト、ジョンにはアクション・スターから脱皮して『聖なる酔っぱらいの伝説』で入神の演技を見せたルトガー・ハウアー。彼は、この映画の台詞協力に名を連ねているほどの熱の入れようである。その恋人のジョエルには、代表作『パリ、テキサス』や、このところでは『マグダレーナ』『太陽は夜も輝く』と公開作が続くナスターシャ・キンスキー。ニューヨークでジョンのエイズ撲滅事業のパートナーとなるコルバー夫人には『俺たちに明日はない』でスターの座につき、『ネットワーク』でオスカーを手にし、近年では『バーフライ』『ウィーンに燃えて』で堂々たる演技を見せたフェイ・ダナウェイ。ロンドンのエイズの権威の科学者には、『アラビアのロレンス』や『ラストエンペラー』等の数々の名作に出演している名優ピーター・オトゥール。また、ほんの僅かな出番ではあるが、この作品にエレガントな彩りを加えているのは、『1900年』や『肉体と財産』のドミニク・サンダである。彼女は、ウェルトミューラーの前作『IL DECIMO CLANDESTINO』に続いて二度目のウェルトミューラ作品出演。
この他にも「エル」「マリ・クレール」の表紙を飾ったモデルの出身で、『誰かに見られてる』『グッドフェローズ』等、このところ売れっ子のロレイン・ブラッコ、監督の甥で『流されて2』のマッシモ・ウェルトミューラー、『アクエリアス』のルイジ・モンテフィオリががっちり脇を固めている。
撮影は、ウェルトミューラーの前作で撮影監督としてデビューしたカルロ・タファーニ。新人とは思えない映像も、この映画の魅力の一つである。美術は、『FILM D'AMORE E D'ANARCHIA』(73)以後の全作品を手掛けているウェルトミューラの最愛の夫、エンリコ・ヨブ。また『流されて2』ではヴァレンティノの衣裳が話題を呼んだが、この作品では、ジャンニ・ヴェルサーチの衣裳が使われていることも見逃せない。音楽は、『流されて2』のグレコとダンジオ、そしてアヴィヨン・トラヴェル。それにトム・ウェイツの“ストレンジ・ウェザー”が挿入されている。
なお、撮影時のタイトルは“CRYSTAL OR ASH, FIRE OR WIND, AS LONG AS IT'S LOVE”。