セイヴィア









製作総指揮: シンディ・カウアン
製作: オリヴァー・ストーン
共同製作: ナオミ・デスプレス ジョセフ・ブルッヘマン
監督: ピーター・アントニエビッチ
脚本: ロバート・オア
音楽: デビッド・ロビンス
編集: イアン・クラフォード ガブリエラ・クリスチアニ
撮影: イアン・ウィルソン
出演: デニス・クエイド(ジョシュア/ギイ)
ナスターシャ・キンスキー(マリア)
ステラン・スカルスゲールド(ピーター/ドミニク)
ナタサ・ニンコヴィッチ(ヴェラ)
カトリン・フォスター(クリスチャン)
製作会社: イニシャル・エンターテインメント・グループ
オリヴァー・ストーン・プロダクション
公開: 1998年アメリカ。日本公開2000年(アートポート配給)。




STORY

元アメリカ軍所属のギイは、同僚のドミニクと共に戦火激しいボスニア・ヘルツェゴビナ紛争の真っ只中にいた。

彼は以前パリにいて、妻マリアと息子クリスチャンをイスラム原理主義者のテロで亡くし、その怒りの余りに軍規を破り近くのイスラム寺院を襲撃、罪のないモスリム人を多数殺害してしまった。ギイはその罪で軍を追われ外国人部隊に移籍。そこは今までの自分を全て捨て去り、名誉のためだけに闘う戦闘集団だった。そこでもまだ失意のどん底にあるギイ。彼にはもう家族を奪われたという憎しみの心しかなかった。

それから6年後、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争に狙撃兵としてセルビア人側につき参戦。しかし、膠着状態のまま休戦協定が発令、同時に捕虜の交換が行われた。そこでギイは、捕虜の一人である妊婦ヴェラを送り届ける命令を受けた。仕方なくヴェラと同行するギイ。さらにはその送り届ける途中にヴェラは産気づき女子を出産した。しかし、ヴェラは自分の子を決して可愛がろうとはせず、むしろ放置している状態だった。捕虜拘束中に虐待を受けその結果身ごもった子供だったからだ。「このままでは子供が死んでしまう。」そう思ったギイは、自ら子供を抱きかかえ面倒を見る。その献身的なギイの姿に、いつしかヴェラも自分の子供として受け入れ始めた。ギイは、そんなヴェラとその子供と関わっていくうちに、しだいに自分の心中にある何かが変わっていくのを実感していた。

しかし、さらなる過酷な運命がギイとヴェラ親子に待ちかまえていた。「なぜ憎しみあう!なぜ傷つけあう!」ギイの悲痛な叫びが戦場にこだまする…。





PRODUCTION NOTES

「SAVIOR」は企画当初から製作まで、激しい感情と情熱が伴っていた。ボスニア戦争後、全てセルビアで撮影された最初のアメリカ映画であり、国際色豊かなキャストとスタッフを起用して、この物語は製作された。セルビア人監督のピーター・アントニエビッチ、アメリカ人男優のデニス・クエイド、ヨーロッパ出身のナスターシャ・キンスキーとステラン・スカルスゲード、さらにカメラマンのイアン・ウィルソンはイギリス出身、編集のガブリエラ・クリスチアニはイタリア出身、音楽のデビッド・ロビンスはアメリカ出身、といった具合にまさに国連並のスタッフが選び抜かれている。

「SAVIOR」の製作は1995年10月の上海映画祭で製作のジャネット・ヤンが監督のピーター・アントニエビッチと出会ったことがきっかけとなった。二人はロサンジェルスに戻ってからも交流を深め、ヤンが脚本のロバート・オアを紹介した。そこでピーターは、オアがボスニア戦争で体験したときの話を聞いた。戦争中20代だったオアはアメリカ人の新聞カメラマンのアシスタントとしてボスニア南部を巡った。そのセンチでオアは実在の「ギイ」に会い、彼の話を世間に伝えたいと感じた。「彼に出会った時、彼はしたたかに酔っていました。その時、戦争中に孤児となった赤ん坊を世話してくれたのです。この話を是非とも伝えたいと感じました。」とオアはいう。また、多くの外国人傭兵にも出会ったそうだ。彼らは様々な理由で傭兵になっていたという。「多くの傭兵は、自分たちの戦う目的を正当化しようとしていたしかし、一部の傭兵は生活のためだけに傭兵となり、目の前にあるものは何でも銃撃した。」あるアイルランド人の傭兵は、「戦争では誰も人のことなど気にしちゃいない。兵士にとって、相手はただのモルタルやレンガに過ぎない。それは兵士の神経が麻痺しているからだ。戦場で本当に人間性を感じていたら、絶対に忘れることは出来ないだろう。」と語ったと言う。

映画製作期間中、出演者もスタッフも、自由時間を過ごし、それぞれの生い立ちや経歴を打ち明けた。その中で最も感動的な話は、みんなから好かれていた運転手のペローの話だった。彼は21歳までは高い教育を受け、成功したビジネスマンとしてクロアチアでレンタル・ビデオのチェーン店を経営していた。しかし、両親とクロアチアに住むセルビア人であるペローは、ある朝早く年老いた母に起こされた。クロアチア人の襲撃を受ける恐れがあるのですぐに脱出しなければならないと母は告げた。5分ほどの間に、彼らは車にわずかな着替えを積み込み、家を出た。両親が一生かけて懸命に働いて築き上げた我が家、友人達、愛する人々、財産の全て、仕事、金、生活を失い、彼らは一瞬のうちに難民となった。数千人の人々と同じく、頭上から爆弾が投下される中、彼らは渋滞した道をベオグラードへと向かった。今や、クロアチア人が支配する土地に住むセルビア系住民というだけの理由で、ペローの家族は全てを捨てさらなければならなかった。撮影当時、25歳だったペローは、その辛い経験にも関わらず、希望と将来の道があることを周囲の人々に示してくれた。

この映画に関して、ナスターシャ・キンスキーはこう語る。「この映画の主題を良く見極めなければなりません。クロアチア人は、主題は反クロアチアだと言い、セルビア人は反セルビアだと言うでしょう。でも、本当の主題は反戦なのです。」またエグゼクティブ・プロデューサーのシンディ・カウアンは、「アメリカではセルビア人の実態について、メディアから非常に偏った解釈しか提供されていません。でもここにやってきて、セルビアで起こったことについて学ばなければならないことがたくさんあることに気がつきました。この土地の人々は、私たち自身の人間性について教えてくれます。」と語った。

主演のデニス・クエイドは、以前スロバキアで「ドラゴンハート」を撮影した時に、旧ユーゴスラビアを訪れたことがあった。「メディアを通じて、私たちは戦争に関することを嫌と言うほど知らされています。でもここへ来て人々とじかに接するとさらに別なことがわかります。それは、人々の顔を見るとみんな普通の人間で悪魔じゃないんだ、ということです。戦争とはもともと不条理なもので、どちらが正しく、どちらが誤っているなどとはいえないのです。」さらに主人公のギイについてデニスは、「今まで演じてきた中で、今回のギイは難しい役柄でした。かつては、彼も目的を持った人間でした。生きて人を愛したこともあった。それなのに、自分の人間性を崩壊させた悪霊によって無感覚になってしまったのです。そして、生まれたばかりの赤ん坊を世話することになったとき、彼は初めて精神的な地獄から徐々に抜け出して行くのです。ギイは、赤ん坊を通してかつての自分の人生に存在していた両親を再発見したのです。戦争の暴力性がその進路にある全てを破壊した後に、ギイがポジティブな精神を取り戻すきっかけとなったのが赤ん坊だった、というのは何か不思議です。」と語った。

最後に、ギイの同僚のドミニク役を演じたステラン・スカルスゲールドの言葉が今回の撮影全体を良く表している。「私が見る限り、この作品にヒーローはいません。勝者も敗者もないのです。観客が映画館を出るとき、希望と救いがあることを理解してくれれば、とだけ願っています。人間は自分を変え、もっと成長することが出来るのですから…。」





REVIEW / NOTE

2000年4月10日(月)、上野スタームービー。先着100名に限定ポストカードが配られた。日本配給元のアートポートはビデオ販売を主にやっている会社なので、この作品も当初はビデオでのみ公開が予定されていたのだが、たまたま出来が良かったので急遽ミニシアター上映が決定したようだ。それだけに、観客はかなり少なかった。

まずナスターシャの出演作という点からこの映画を評価すると、まず間違いなく史上最低の作品ということになるだろう。おざなり度としては、あの「ファーザーズ・デイ」をも超える、出演時間:5分未満、という驚異的な記録を打ち出している。映画が始まって5分、もうナスターシャの姿は二度と映し出されない。もちろん僕もデニス・クエイドが戦地で苦闘する中、無惨にも殺された妻ナスターシャとその子供との楽しかった家庭生活を回想するシーンぐらいあるだろうと期待した。しかし不自然なまでに、そんなシーンは全く出てこない。これはもう制作側の怠慢と言うほかないだろう。ポストカードを見てもわかるように、この映画はクエイドとキンスキーの共演をウリにしているが、ここでアートポートを詐欺で訴えようとしてはいけない。アメリカで公開されたときからこういう宣伝体勢になっていたようで、実際にエンドロールを見ていても、キンスキーの名前が2番目に流れてくるからだ。これよりもっと詐欺なのは、製作だけで監督はしていないオリバーストーンの「最新作」という謳い文句になっていることだ。まあどうでもいいんだけど。

映画の内容の方は、まあ冷静に見ていると、いまだに偏見の意識にまみれているアメリカ人気質というものにはらわた煮えくりかえること必至、というものだ。教会を襲撃したのは明らかにイスラム原理主義者の「過激派」だとわかっていながら、妻子を殺されたとはいえ、どう考えたって罪のない近くのイスラム寺院にいた人々を銃で惨殺する主人公は、ほとんどアホウである。かなり救いようなし、逝ってよし、である。まあそれなりのところに逝くハメになるのだが。

しかし、それなりのところへ行った後のこの映画はなかなか良くできたロードムービーであり、アドベンチャーであり、人間ドラマであり、反戦映画である。傭兵達の頭のイカレっぷりも、捕虜達の動揺ぶりも良く描けている。産気づいた妊婦をあれだけ暴行しても全然ピンピンしているところや、主人公が母親と赤ん坊を目の前にしても自分の家族のことは全然思い出さないところや、絶体絶命のところを猫を身代わりにしてやり過ごせちゃうところなど、不自然な点も目立つけれども。

地元感を醸し出した民族音楽が映画に彩りを加えているが、ちょっと大袈裟で恥ずかしくもある。ディープ・フォレストやらエニグマが普通に好きな方なら気に入るかもしれない。キャストに不自然なことをさせてマイナス面ばっかり引き出してくれちゃうものの、強烈なメッセージ性で最終的には相当見応えある、という良くも悪くもオリヴァー・ストーンな作品だといえよう。





LINK

アートポート … 日本の配給、ビデオ販売
ロードショー鑑賞記 … Koala氏によるレビュー
セイヴィア … ベロニカよし子氏によるレビュー
セイヴィア … 映画瓦版のレビュー
Savior … iMDbによる映画の詳細データ(英語)