ミッシェル・コント・インタビュー

Michel Comte Interview

この撮影をやろうと思ったのは何故ですか?

まずは何故ナスターシャの娘であるソーニャを撮影したのかという質問について答えようと思うけど、それは俺がナスターシャをずっと前から知っていたからなんだ。ハーディ・ガーディ(伝統的な楽器である手回しオルガン)ぐらいに長い付き合いさ。それから彼女と同じぐらい"Photo"誌とも長い付き合いがあったし、彼らは既に2回も特別号を俺に任せている。アヴェドンへの敬意を記念号の写真を通して表すというアイデアも魅力的だったしね。俺たち写真家ってのは全員、彼に半端なく影響を受けてるわけだよ。(アンリ・)カルティエ=ブレッソンみたいな偉人たち、写真の歴史に欠くことのできない人物たちには、興味を示すか敬服するかしかないんだ。その上、俺は個人的にそういう人物を良く知る機会に恵まれていた。アヴェドン本人が俺に「君の写真が好きだ」って言ったんだよ、最高の賛辞さ。これが今回の仕事を受けるいい理由になったと言えるだろうね。

アヴェドンのどういうところに惹かれるのでしょう?

彼の、個性が確立されたアメリカ西部のイメージがとても好きなんだ。普通に、彼の完全なコントロールがされていない、方向の定まっていないイメージが特に気に入っている。コントロールされている期間ってやつも、スタジオにおいてはその対象物に対して保証が持てるから俺は望むところなんだけどね。なぜならアヴェドンというのはそういう本物のモデルだったからなんだ。たくさんの資料を持ち込むことなんて絶対になかったし、その芸術性というのは最初から、それが持つテーマとコミュニケーションの上にあるものだから。すごい写真を撮るぞというデカイ仕事において、生きた手本なんて必要ないということなんだ。

ナスターシャと蛇というこの写真がこれだけ重要な作品になり得たのは何故だと思いますか?

子供の面影を残す大人の女性というものを完璧に表現していたからだろうね。ナスターシャはあの当時、絶大な影響力があったし、写真家たちにとってももちろんそうだった。彼女は男たちが秘かに夢見るそういった子供っぽい面を備えていたし、母親になったいまでさえも、そういう子供っぽさを残している。彼女は素晴らしいよ。

ソーニャはどうでした?

ソーニャのことは彼女がまだ小さな女の子だったときから知ってるんだ。ベル・エア(=カリフォルニアの高級住宅街)でご近所さんだったときは、木登りをしにウチに来たりしてたんだよ。最後に彼女を見てからもう5年も経ってしまったんだが。だから今日はおかしな気分だったね。あの変わりよう! あの娘の母親とは全く正反対だよ。ナスターシャは撮影の間は絶対その場から離れないんだけど、あの娘はずっと動き回ってるんだ。ソーニャ、彼女はしっかりとした態度で、無駄な動きをすることもなく、驚くほど自信に満ちていた。母親のナスターシャが子供っぽい大人の女性(a child wife)だったとしたら、ソーニャも同じように子供でありながら大人だった(a child-woman)だったね、既に驚くべき成熟を見せているんだ。

あなたにとって蛇は何を象徴するものですか?

もちろん、蛇は聖書に出てくる生き物だ。アダムとイヴの話の中にね。ナスターシャと蛇の写真を注意深く見た人であれば、蛇という生き物自体が本物のセックス・シンボルだということがわかるはずさ。彼らは美しいと同時に策略家なんだ。一方で、蛇は冷血な生き物であると同時に、人間の温もりを好むという事実もある。だが俺にとっては、どちらも愛すべき、非常に尊敬すべき生き物だし、この動物の社会にとって重要な意味を持つものだよ。ラッツやマウスみたいに本能的な自己防衛力を持たない生き物の成長を助けることができる。マウスがいなくても生活は成り立つわけだからね。蛇という生き物は孔雀とは違って、人々を感動させる本物の能力を備えているんだ。

鷹を使ったのは何故?

蛇は恐怖や誘惑というものを象徴してるとすると、鷹は力強さや、自立、自由といったものを象徴している。鳥のように自由、とかよく言うだろ…このコントラストは気に入ってるね。

報道写真から有名人のポートレイトに至るまで、写真の様式毎にあなたは驚くべき多様性を披露し続けていますよね…。

多くの写真家たちが、これまた多くの場合、何かの分野の専門家になろうとして失敗するんだ。そういった選択こそ、自分が世間に操られる危険を招くし、大衆に飽きられる危険も招く。どんなやつのキャリアだって賞味期限はせいぜい2回までしかないのさ。写真の様式を変えることで、俺は絶対に「終わった」と思われない状況を可能にしたんだ。いまでも「アリーナ」誌やイタリアの「ヴォーグ」誌のような俺の最初のお得意さんと撮影の仕事をしてる。世話になったことを忘れずにいるということが大事だよ。来年俺はキャリア25周年を祝う予定なんだ。まあ25周年といっても全体の4分の1に過ぎないだろうがね、違うかい? 俺は75周年まで続けるつもりさ!(笑)

今後の予定は?

たくさんあるよ。俺たちが"Public Comte"とよんでいる本が何冊かあってそれの作業をしてる。オスカーやカンヌから死刑執行、戦争に至るまで俺が実際に目撃者となった全ての写真を集めたものになる予定だ。すごくデカいサイズの本になるよ。あとは"Pola Comte"というポートレート集、これはヌード写真のやつだね、そんなのが1冊。でももっとデカいプロジェクトがあって、"Michel Comte Waters"という香水なんだけど、これを12月に出したいと思っている。水の謎に取り組んでいる環境団体と10年間作業した結果なんだ。この香水の売り上げの大半を地球の水資源を保護するために寄付するつもりだよ。他にも化学成分を適用することなしに水だけで浄化できる革命的なボトルの開発にも関わっている。水の不足という問題は、俺にとって非常に重要なものなんだよ。

写真家という仕事に身を捧げているんですね?

君の言う通り、写真というのは見かけの様式の一つであるわけだけど、その第一の役割はネガティブなものをポジティブに変換するということなんだ。イメージというものは人々の生活に人生に触れる驚くべき力を持っている。美しいイメージについていうなら、そういうものは記憶に残り、伝わっていく。そういうイメージはそれら自身に一生を共にする価値があるといえるね。偉大な写真家が生まれるときというのは、その写真家がこの見かけの様式を実際に変換してくれる有名人の法則を習得したときなんだ。4年前、深刻な病気に冒された一人の少年が俺に写真の撮り方について聞いてきたんだ。その病原体は彼の免疫システムにまで及んでいた。エルトン・ジョンと、この少年と3人で会うことを夢見ていたんだけど、治療法を見つけるのと寄付を募るためにチューリッヒでコンサートを行うことに成功したんだ。いまでも、この少年は生き続けているよ。